上海通い婚の日々 *そして再び国際別居婚へ* shkayoikon.exblog.jp

上海在住の中国人年下夫との別居婚の日々 *夫の日本での就職が決まり国内週末婚となって3年半、夫が上海で起業のため再び国際別居婚生活へ*


by yu_ppie66
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人間の弱さとか、強さとか。

出口の見えない看病生活が続くと、助け合わないといけない運命共同体内に小さな亀裂も入ったりします。姉の態度に「ほんと、口ばっかりだなあ」とキレ気味の今日この頃。いや、地元の病院に入院中は住まいが近い姉がずっとがんばってくれてたんだけどね。

「忙しいんよ」と言う姉に対して、思わず「なにそれ?あたしだって忙しいよ」と返してしまう自分のダメさに落ち込む。

人間の弱さを思い知らされる反面、人間の強さに改めて感心させられるもあり。ずっと父同様に食事が取れなかった母ですが、「10日たったら病院で食べられるようになった!今日なんておとーさんが吐いている隣りでご飯食べてたもん」というたくましい報告をしてくれました。って、吐いてる隣りで食べなくてもいいでしょうよ。

実は今日は母の代わりにわたしが泊まる気持ち満々でいろいろ準備して行ったのだけれど、「あんたじゃ無理、だって寝るでしょ。」と拒否されました。そりゃ寝るよ、どんなとこでも寝られるんだもん。

高級和菓子(いつも買うお店じゃないの、奮発した!)を買って行ったけれど父は寝ていたので、「食べちゃおうか」と母とふたり簡易ベッドに並んでいただきました。
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桜餅とうぐいす餅。どちらも上品な甘さでした。小皿に取るわけでもなく箱からそのままがぶりと。父にはまた改めて買っていこう。

わたしが帰る頃目覚めた父に、「気をつけて帰れよ。横からの飛び出しに注意しろよ。」とまたもやウィンクで見送られました。

相方との定期CALLでは、母のタイヘンさについてしょっちゅう訴えているんだけれど、今夜相方がふと「うちのパパだってずっとだよ」とつぶやいたのでドキッ。そうでした。義母は相方が高校生の頃足が不自由になって以来20年間車椅子生活。それを義父がずっと支えてきているのでした。「ひどいケンカもしていたよ。」と寂しげに言われて、自分だけが不幸の主人公ぶっていることを反省いたしました。
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by yu_ppie66 | 2010-03-10 23:40 | 2010戦いの日々(父闘病編) | Comments(0)